戦前、戦後のこと、沖縄のことなど
知らないことばっかりなんだけど
物事を知れば知るほど、自分の無知さかげんにあせりすら感じ
いったいいつになったらわかるようになるんだろう
と思ってふと考えると
その問いを求めるのが人生なんだべさ で決着。
話は変わり
ホタテの種を集める旅ですが、オホーツクは湧別、登栄床漁港へ行ってきました。
実は今回の件は、こちらでも紹介させていただきましたが、6月に浜益へ緊急で入港された
オホーツクの漁師さんにお願いして種を融通していただきました。
本当にいつお世話になるかわからないなあと思ってましたら、
数ヶ月後に早速こうなるとは!
頭が下がります。
まずは湧別の本港

アルミの14t型の船がそろっております。
早朝からの作業に備えて、前泊しております。
みなさん家族で船に乗りこんで作業するのが
こちらの基本スタイルです。

いつも大変お世話になっている、友成(ともなり)通商の格好いい大型車で
運びます。

積みこんで、浜益まで約4時間。
浜益に着いたら沖へ戻す作業なんですが、この輸送というものにほんと気をつかいます。
サイズも日本海と同等でまずは安心ですが
浜益の海で、無事成長するまで気がぬけませ〜ん。
ホタテの種を集めて歩くのも旅、
頂いた種に使用されていた資材をお返しにいくのも旅なんです。

もう少しで小樽水族館という祝津の港付近です。
浜益は昔、陸の孤島だったため、生活物資は「はまます丸」という船が小樽から出ていて
それで生活が成り立っていた時代もあったそうです。
現代では、うちの船で1時間弱の距離。車より早いね
下は、
なんてことのない画像ですが、ホタテ業界田舎もんの私にとっては
これいい!の発想満載の改造パレットです。
遠別町のホタテ漁業者さんのアイデアなんですが、日本海でも一番勢いのある地区というのを
がっつり実感させて頂きました。
早速地元の鉄工所に同じものを注文いれます。

種が不漁なのはがっかりすることなんですが、その分他の地区のホタテ漁業者と交流が出来て
浜を見てまわることで新しい発見があって、それはそれは心躍る日々も続いております。結果的には
いい方向に向かってる感じもします、試練を与える神様に対して感謝したりしてますわ。
少し前ですが
この夏、大変お世話になっている増毛の大先輩と、増毛の港を彩る花火
そしてこの時期ってこういう感じの本読みたくなります。
半藤さんファンなのですが、昭和系も幕末史も最高に面白いですよね。

天気も良く盛大に終えることができました。
暑いし、忙しいしで
マツケンの右眉、左眉間が無事開通しております。
今回は札幌から友情出演してくれた、mammaクリエイティブさんの
山猫バル美女チームも、この田舎にナウい感じでいがったわ、ありがとうです。
札幌の時計台の裏手と札幌PARCOB2Fにて営業中〜〜〜〜次はライジングでまたよろしく。
幌豊漁太鼓も浜益豊漁太鼓に名称変更となり、ユニフォームも一新!
腹の底に響き渡る見事な演奏でした。
中野の兄も、いつも以上に輝かせております。
そして、伊藤多喜雄さんのLIVE!小学生もステージ前で演舞!
大盛り上がりでソーランソーラン
そして花火大会〜
応援にかけつけてくれた同級生達も、大絶賛の迫力満点の花火〜
そして首の疲れる、近さ加減にみんなびっくりだったね
いや〜みなさんお疲れさんでした。
先日交流のあった、漁業者の先輩から
手書きの書簡を頂きました。
手書きの生きた文字を久々に見て
どこをみても味気ない文体が並ぶこのご時世に
感慨もひとしおです。しかも漁業者の!
大事に保管したいと思ってます。
なんせ、手書きの書簡の時代があったからこそ伝わっている
この国の歴史。
う〜んLINEしてちゃだめだな、何も後世に残りませんわ。

現在は、春に産卵して採苗器に付着したホタテの種の間引き作業中。
今年は付着数が少ない年なため、貴重な地種なんです。
少ない分は補いに歩きます。
詳細は省きますが、3日ほど5人で寝食を共にしてきました。
まるで合宿のような毎日。

腹は減るわ、眠たいわ、歯ぎしりうるさい奴はいるわ。